『ちょっと思い出しただけ』(2022)★★★★☆

★★★★☆

タクシー運転手の葉とステージ照明の仕事をしている照生。現在の彼らの生活は混じり合うことはないけれど、かつては恋人だった。照生の誕生日である7月26日を1年、また1年と遡り、照生と葉の恋の始まりや、出会いの瞬間が丁寧に描かれていく。不器用な2人の二度と戻らない愛しい日々を「ちょっと思い出しただけ」の作品。

徐々に時間が巻き戻るかのように場面が変わっていくことに、はじめは気づかなかった。さっき出てきたあれは二人の間にこういうエピソードがあったのかという気づきがあったりして、はじまりから30分くらいした頃にかつての記憶をたどるように進んでいくこの映画の空気感がすきになった。

別れてからある程度時間が経過している段階なので、ひきずり過ぎてもいなくて、相手の影響が薄れかけている。そんなリアルな恋の終わりから始まる物語になんとも言えない切ない気持ちになった。
買ってきたケーキを食べるか夫に尋ねられた葉が〝ちゃうねん。明日ね。明日がいい。〟ときっぱりと夫にいいながら少し想いを馳せている表情が素敵だったな。そうとしか言えないし、それ以上説明する必要のない記憶の断片が葉の頭をよぎっているのがわかる。

ラストで、葉も照生とは別の相手と子どもを産むという人生プランを選んだんだなということを私は肯定的に感じた。ここではじめて作中で「ナイト・オン・ザ・プラネット」が引用されていた意味を私なりに感じた。「ナイト・オン・ザ・プラネット」のロサンゼルスの話の女性タクシー運転手のコーキーはお客として乗ってきた映画のキャスティングディレクターであるヴィクトリアに女優にならないか持ち掛けられるのだが、自分には整備工になる夢があると断る。このコーキーが自分の気持ちに素直に人生のプランを変えないように、葉も人生を切り開いたのだなと思えたから。
ラストの二人が見つめるマジックアワーの空に、二人がそれぞれの道を進んでいくのだろうなという希望を感じる。

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