『朝が来る』(2020)★★★★★

★★★★★

ドラマ化もされた辻村深月の同名小説が原作。
子供に恵まれなかった栗原佐都子と夫の清和は特別養子縁組の制度を通じて男児を家族に迎える。その後朝斗と名付けた息子の成長を見守る夫妻は平穏な毎日を過ごしていた。ある日、朝斗の生みの母親である片倉ひかりと名乗る女性ら「子供を返してほしい」という電話がかかってくる。

これからこの映画を観る方にはじめに伝えたいのだがこの作品はジャンルとしてミステリーやサスペンスではない。そして寝る直前に観るのだけはおすすめしない。私は泣きすぎて気持ちがたかぶって寝られなくなったから。

私はこれまで特別養子縁組の制度について良いシステムだと思っていた。それは主に子を授かることができない夫婦にとって希望をもたらすことであるという点と、産まれてくる赤ちゃんがよりよい環境で育つことができるからという点だった。この映画をみて、私は特別養子縁組の制度について考える時に、産みの母親にとっても当然良いものであると思ってしまっていて、産みの母親の側の気持ちやその後の生活について考えたことがなかったということにはたと気づいてしまった。

ひかりという女性は純粋でその時々で間違ったことをしているわけではないし頑張っているはずなのに人生が思わぬ方へ転がっていく。でもそれは彼女が悪いわけじゃないと思うんだ。14歳が子を産んで生活していくというシステムがこの日本にはないから。好きな人と結ばれて子どもを授かるなんて幸せなことに違いないのだから。人生が狂った人生がだめになると感じさせているのは、「普通」の人生の順序というものや世間体を何よりも重んじる家族や親戚の心無い言葉や態度だったりするのかもしれない。
周りの大人たちは妊娠、出産の事実をわからないようにすればいい、まだやり直せると言う。ひかりがそれにどんなに苦しめられてるかも知らずに。ひかりの恋をしていた時のきらきらとした記憶や行くはずだった想像上の高校生の自分と、出産後自宅に戻ってきてからの暗い表情のギャップに胸が苦しくなる。
〝なかったことにしないで〟
手紙に書いて消されていたこの言葉に心を抉られてしまった。そうだよね、私のこの美しく最高の体験を災難みたいな言い方で汚さないで、なかったことみたいにしないでだよね。自分で育てたかったひかりにとって赤ちゃんを産んだのに手元に赤ちゃんがいないなんて絶望でしかない。

ベビーバトンのこのみちゃんが言ってた。
〝もともと産めん人たちがおるわけであって。そういう人がなんか全部手にしようとしてちょっと恨めしくも思ったりもしました〟
こういう少しの嫉妬や相手に対する想像力の欠如が「子どもを返してほしい」という脅迫になっていくのかもしれない。ひかりのやってることはとても愚かなんだけど、でもなんだか責められないよ。

産みの母親が特別養子縁組した家族と会うことは稀なことなんだろうな。血が繋がってなくてもしっかりと絆ができている家族を前にして、そして思っている以上に産みの母親である自分の存在も家族の一員として受け入れられていることを知ってひかりは自分の愚かさに気づいたと思う。「子どもを返してほしい。そうでなければお金がほしい。」なんてことを言う女のどこが母親を名乗る資格があるのかと。目の前の育ての親の愛を前にして打ちのめされるよね。産みの母親だけど産んだだけじゃ「母親」にはなれない。子どもと過ごす時間の中で子どもによって母親になっていくんだよ。

エンドロールの最後のこれ。
〝あいたかった〟
ちびたんを身籠もり産むということが彼女の人生を狂わせたように見えて、実はちびたんの存在によって救われているのだという事実。この言葉でひかりはこれから立ち直ることができるんだと私は信じたい。

コメント

  1. はじめまして
    いつも楽しく拝見させていただいてます
    最近では「ベイビー・ブローカー」でも同様のテーマで描かれていましたが、いろんな状況(母親が望む妊娠だったのか等)があったり、国や団体からのサポートが悪用されたり良くないケースを助長したりするケースも考えられるので、本当に難しい問題だと思います
    何らかのサポートが必要であることだけは共通しているので、ひとりでも多くの赤ちゃんが救われて欲しいと願うばかりです
    「朝が来る」はこうした問題を考える良いきっかけをくれましたし、純粋に映画としても楽しめました

    • pecorins より:

      ✳︎無人島シネマさん✳︎
      はじめまして。コメントをいただきましてありがとうございます!
      「朝が来る」はぐっとくる映画ですよね。私もひとりでも救われる命があってほしいと願っています。
      社会的に濃密なテーマを扱った映画はそのような難しい問題についてより幅広く多くの人に考える種をくれますし、それぞれが自分の考えを持って話し合うきっかけになったらいいですよね。
      是枝監督の「ベイビーブローカー」は映画館で観たいと思いつつまだ観れていないんです。映画を観る前に、無人島シネマさんのレビューを拝見させていただきますね(^ ^)

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